| ―V&Rの歩み― |
| 1998年6月 |
遅ればせながら「V&Rホームページ」開設。 |
| 1998年6月 |
V&R新鋭・竹本シンゴ「うわさのビキニギャルinオーストラリア」で監督デビュー。
女性のための通信レンタル「Pandore」運営開始。 |
| 1996年8月 |
バクシーシ山下退社。 |
| 1996年4月 |
V&R期待の社員監督・望月英吾「パンスト狂い」でデビュー。
パンストフェチぶりを発揮し、ヒットシリーズとなる。 |
| 1996年4月 |
V&R10周年を記念して、CD「V&Rの音楽1986−1996」を制作。非売品として関係者・コアユーザー等に配布される。
V&R期待の社員監督・望月英吾「パンスト狂い」でデビュー。
パンストフェチぶりを発揮し、ヒットシリーズとなる。 |
| 1995年5月 |
カンパニー松尾V&R円満退社。以後、フリーに。 |
| 1994年2月 |
オリジナルセルビデオ「服従学園」(監督・安達かおる)発売。
海賊版・廉価版がはびこるセル市場にあえて撮り下ろし作品を投入、ヒットする。 |
| 1993年12月 |
セルビデオ発売開始。 |
| 1993年3月 |
ビデ倫を自主退会する。 |
| 1993年2月 |
「初犯」の焼き直し「ミゼットレイプ 犯」ビデ倫でまたもや審査拒否。 |
| 1992年9月 |
バクシーシ山下作「初犯」ビデ倫で審査拒否される。 |
| 1992年8月 |
お客様HOT LINE”V−CALL”開設。 |
| 1991年10月 |
バクシーシ山下、フェミニスト集団主催の「女犯2」を考える集いに招かれる。以後、ビデ倫の山下包囲網は強まるばかりとなる。 |
| 1991年9月 |
新人専門レーベル”VIRGIN”第1弾「当然ワイセツ 沢口まりあ」
(監督・カンパニー松尾)発売。 |
| 1991年5月 |
有限会社から株式会社へ組織変更。 |
| 1991年3月 |
V&R社屋、世田谷区等々力から駒沢へ引っ越し。 |
| 1990年5月 |
バクシーシ山下「女犯」で監督デビュー。 |
| 1989年8月 |
”NOAH SELECT”から”NOAH SELECT SPECIAL”へスケールアップ。
第1弾はV&R看板シリーズ「ジーザス栗と栗鼠…山本なつき」(監督・安達かおる)。
”NOAH SELECT”レーベルは77タイトルを発売している。 |
| 1988年5月 |
一般作”MAD”レーベル第1弾「ジャンク」発売。
安達かおるがAVで追求するのは人間の”性”、MADレーベルではもうひとつの”生”追求されている。 |
| 1988年3月 |
カンパニー松尾「あぶない放課後2」で監督デビュー。 |
| 1987年9月 |
5人目の社員が入社し、手狭になったため世田谷区等々力に引っ越し。 |
| 1987年4月 |
社名を冠した”V&R”レーベル第1弾「セクシードール」発売。
(’93年6月まで87タイトルをリリースして”VOGUE”へ変わる)
|
| 1986年6月 |
”NOAH SELECT”レーベル第1弾「調教24時間 地獄編」発売。
監督クレジットは別人となっているが、れっきとした安達かおるの第一回監督ビデオである。 |
| 1986年5月 |
日本ビデオ倫理協会(以下ビデ倫)加盟 |
| 1986年4月 |
有限会社ブイアンドアールプランニング設立
V&RとはVisual(映像)&Retail(小売り)という意味。
社員2名、東京都目黒区のワンルームマンションの一室から始まる。 |