どうでもいい事なのにどうしても忘れられない体験。
Posted by 安達 かおる
少し前の撮影現場の翌日、某氏と会う約束があり地下鉄の中にいた。時刻はラッシュアワーが収束に向かう時間帯であったが、車内には立ち客も多く、適度な混雑を呈していた。
幸運にも降車したカップルと入れ替わりにシートに着席することができたのだが、隣席が空いたにもかかわらずその後の車内の様子は私にとって一種の不条理劇を呈した。一駅、また一駅と進む間、周囲の吊り革の八割には乗客がぶら下がり、他の座席は全て埋まっているにもかかわらず、私の隣のスペースだけは、不可侵の領域であるかのように孤独感に苛まれているのだった。
これは単なる偶然と片付けるには、あまりにも持続的な拒絶であった。瞬間的に脳裏を駆け巡ったのは、自己点検だった。「衣類に不備はないか」「ズボンのチャックは?」「加齢臭?」・・・ 「あっ!!もしかして!昨日の現場・・」あの特殊な非日常の臭気がラッシュ後の日常空間に持ち込まれてしまったのではないか、というな不安が私を襲った。目立たぬよう衣服の袖口に鼻を近づけてみたが異臭は感じられない。
だがあの空間は無言のうちに私に何かの警告を告げていた。「現場の散乱物」が靴底やズボンの裾に付着しているのかもしれないという強迫観念に襲われたのだった。この記憶こそがあの時の座席の空虚さを決定づける要因であったかもしれない。
目的地に到着し待ち合わせた知人に車内での奇妙な出来事を簡潔に説明しあえて近くに寄り何か感じるところがないか尋ねてみたが「ノーコメント」だった。ノーコメントと言う事は?? どうしても忘れる事ができないどうでもいい体験。






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